石牟礼道子

 松葉はたくさん集まったし、もうしばらくしたら、母親が、大きな女籠を天秤棒で荷って、松葉を採り集めに来るでしょう。今夜はあったかいお風呂が、松葉の煙に包まれて沸くのです。 「あのなあ、爺さま」 「うん、なんじゃ」 「赤ちゃんはみんな、海やら、川やらから、流れてくるちゅうのは、ほんと?」  爺さまは眩しげに瞬いて、しばらく黙っておりました。爺さまが片手をかけている竈小屋の壁の根元に、幼い椿の木がありました。固い蕾があちこちついていて、おちょぼ口をしたような蕾のまん中に、かすかな紅が、ちょんとついています。粉雪が、かわいい蕾のまわりに流れるように降っていて、厚いつやつやした葉っぱに当たっては、枯れ色をした草むらの中に吸いこまれてゆきます。 「ふう、海からなあ」  爺さまはとてもやさしい目つきになって、海の方へ顎をしゃくるようにしました。 「ほう、海も雪ぞ」  みっちんも、松の林のあいだから海の方を眺めました。今日は向こう縁の天草島は見えなくて、茫々としている灰色の空の奥には、いったい何があるのか、すっかり遠くなって見えません。 「そうじゃのう、ああいう海から、いのちちゅうのは、来たかもしれん」 「ひとりで?」 「ひとりじゃとも」 「赤子のとき?」 「うんと、うんと、赤子のときじゃ」 「舟に乗って?」 「舟に乗ってじゃ」 「川を流れて?」 「うん、川をも下るぞ」 「難儀なこっちゃなあ」  斧を杖にして立ったまんま、爺さまはのけぞるようにして、大笑いしました。 「この世に来るのは、おたがい、難儀なこっちゃ、大仕事じゃ」  爺さまはふっとまじめそうな顔になりました。 「みっちんや、お前も、よう来たのう、遠かところから」 「爺さまもなあ」 「おお、爺さまもなあ、そうじゃとも」